徳之島回顧録 その68(徳之島含め南国の女性たち)

 徳之島に住んで気になったのは南国女性のたくましさだろう。初めての夏を迎えた時、女子高生が汗拭き用のタオルを持ち歩いていた。もちろん、こちらの暑さでは仕方ないのだが大阪では汗拭き用タオルを持ち歩いてる女子高生に出会ったこともなかったもので・・・。そして、軽トラを運転する二十代の女性。病院に体験実習に来ていた山に住んでた女子高生(中学生だったかな?)がハブ咬傷 の被害とかの処置法とかの話を聞いて「子供の頃、振り回して遊んでいたハブがそんな危険なものだったなんて」と、驚いていたことにスタッフ一同が驚かされていた。これは、奄美で聞いた話だが捕まえたハブを左手で持ったまま、片手運転で持ち込んだ女性がいたそうである。ホント頼もしい限りである。

 と、久々だが今回も徳之島で撮った画像を掲載します。

天城町では銅山があり、現在は入り口は閉じられていました。

松の新芽というか松ぼっくりになる前のもの。どこにでもあるものなので目に入ってるものの筈なのがレンズを向けてじっくり見るのはこれが初めてだと思う。

 

今回掲載した画像を含んだものは下記のYouTubeのフォトムービーでご覧いただけます。

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奄美のシマ唄 野茶坊節でお馴染みの野茶坊について

 さあて、もう開き直って定期的にブログを投稿することはあきらめることとして、気分が乗った時だけ投稿することにする。さすがに前回投稿から4ヶ月もあけて言い訳の内容すら思いつかない。とはいえ、YouTubeでの投稿はずっと続けていました。

 最近では奄美の野茶坊節に出てくる野茶坊の話で文英吉(かざりえいきち)氏が書いた野茶坊物語で動画(デジタル紙芝居的なもの)を作り投稿していました。野茶坊というのは奄美大島で集落(人里)で生きることが出来なくなった子が山に棲みついたといわれている野人のことです。

 1episodeあたり5分程度で作成するとなんとepisode28までになってしまった。1日1episode作っていたのでほぼ一ヶ月をこの作業で費やしてしまった。episode01から順番に見てもらえれば、昔のラジオドラマのような展開で楽しんでもらえるようにしたつもりだったがどうもYouTubeの性質上、episode01からお勧めしてくれるわけではないので視聴回数と視聴時間を調べると回を重ねるごとに減っていくのだろうと思っていたのだが、もっとでたらめにバラバラだった。例えばepisode13よりepisode14の方が視聴回数も視聴時間も4倍近くあるのだ。順番に見ていた知り合いからもどこまで見たか分からなくなったとか、episodeを飛ばして見たようでどうも話がつながらないようだ、とかの意見もあったのでもうひと頑張りで総集編を作ってみた。オープニングとエンディングをカットしてBGMも入れ直して、とやっていたら思っていたより作業量が多く気軽に考えていたことを後悔していた。総集編は前編・中編・後編と3部構成となった。

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 やっとの思いでやり終えたのだが何か物足りない。今回の作業に当たって前もって野茶坊について調べたりしてた中での何か付け加えたくなってしまったようで更に野茶坊への見解?みたいなものも作ってしまった。野茶坊に関してはこれでやり終えたことにします。

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2022.11.13 民謡民舞奄美連合大会

 今から20年ほど前、その頃まだ大阪にいてて、散髪屋の順番待ちをしてた時に有線から初めて聴く曲がかかっていた。独特の節回しで女性ボーカルが歌っていた。不思議な感じはしたが特に感情が動かされたとかはないはずなのに涙が出てきて止まらない。感極まったわけでも何でもないので息遣いもそれまでと変わらないのに涙だけが止まらない。散髪屋のおっちゃんも心配してくれるのだが訳がわからない。それから収まったんだと思うのだがただただカッコ悪かったの記憶だけが残っている。

 その後、その曲は”ワダツミの木”で”元ちとせ”という奄美島唄唄者出身の者が歌っていることを知る。それからはその曲を聴いても涙が出ることはなかった。両親とも奄美大島の出身だが特に島唄を聴いていたとかなかったので、記憶の何かが呼び起されたとかそんなこともないはずなのだが、無理やり説明するとすれば私の中のDNAがルーツを感じてだとかそんな風にいうのだろうが私にとっては散髪屋のあのばつの悪さだけが蘇ってしまう。

 とか、言う話はここまでで徳之島での生活で祝いの席や居酒屋でも唄者三線を鳴らし島唄を唄ってくれる場がよくあったりして恵まれていたのだが、奄美大島に移り住んでからはそんな機会もなくなってしまい、島唄が恋しい日々を送っていたのだがやっとこれを聴く機会が出来ました。もう、お腹いっぱいになるくらい。

 よかったら、下にいくつか貼り付けますので見てみて、聴いてみて下さい。

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妖怪?妖精?精霊?UMA?ケンムンのいた島々

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 奄美大島には戦後まもなくまでケンムンという不思議な存在を見たという話がたくさんあった。たくさんの事例が文章や口伝で伝えられているはずなのだが年月と共に忘れ去られるのは時間の問題だ。私もケンムンについて書かれた本を数冊持ってたはずだが引っ越しのどさくさにまぎれ今では一冊だけになっている。徳之島でも見たという老人も亡くなってしまったり、奄美大島でも誰々が見たんだけどねぇと今は亡き人の話を聞いたりする。

 図書館に文章化されたものがたくさん残ってるだろうという考えもある。さて、これから百年後に本というものを読む人がどれくらい残っているのだろうか?今ですらどんどん減っているというのに。多分将来、図書館が維持できなくなる時代がやって来るだろう。アーカイブ化して保存すればいいといっても、その頃には膨大な量の本をアーカイブ化することは出来ずに厳選されて行われていくのだろう。ケンムンなんて昔あったゆるキャラとしてしか認識されない時代が来るのでは?

 動画にすれば後世に残せるのでは?との思いで制作してみました。とりあえずいくつか作って、また図書館で資料を見つけたら作っていこうと思います。ケンムンについてが1つ、ケンムン話が9つあります。ケンムン話はデジタル紙芝居みたいなイメージで作ってみました。よかったら見てみてください。

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奄美パーク開園20周年記念 島々の饗宴

 実はブログを一か月以上さぼっていて、心のどこかでは気にはかけていたのだがどうにも書くことが出来なかった。理由というか、言い訳させてもらえばYouTube用の動画作成で忙しかったのである。まずは今回のテーマである奄美パーク開園20周年記念の行事だが右上にプログラムがあるがこれをビデオと一眼レフカメラを持って行ってしまったが為に大変な目にあってしまった。

 私も徳之島に10年過ごし、各集落の行事は多少の変更はありながら(唄なら歌詞や、見た目の形式など)、似通ったものが多いと勝手に思い込んでいたのだが、今回このイベントを見てから冷や水をぶっかけられたみたいに唖然としてしまった。奄美群島の自然、動植物が多種多様であるようにこの奄美群島伝統芸能、集落ごとの行事がこんなにも違っていたのだとはビックリしてしまった。

 見終わって帰ってから、動画に静止画を貼り付けて編集すると思いのほか時間がかかる。このイベントは2日間だけだったのだがこれの動画編集にすべて終わらせるのに2週間もかかってしまった。

 その後はやりかけていたケンムン話の動画作成。そして、民謡民舞奄美連合大会の動画編集ときょうやっと終わることができた。並行作業でブログくらい書けるはずなのだがPCの前に座ると動画編集に取り掛かってしまい、脳を他の作業に使うことが出来なくなってしまっていた。

 とにかく、中身充実で面白いので見てもらえれば嬉しいです。YouTubeの再生リストを貼っておきます。最近、YouTubeで海外からのアクセスがあったりするしダイジェストで多くに伝わればと思うので近いうちにこれのショートムービー版も作ろうと思います。その時はまたここに載せさせてもらいます。

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上記をクリックすれば今回紹介した再生リストに行きます。

徳之島回顧録 その67(海中撮影)

 徳之島で2010年に職場のスタッフからシュノーケリングに誘われてホームセンターのニシムタに水中メガネとシュノーケルの安いのを買って参加した。この時は天城町の千間海岸に行ったのだが海中のしかも浅瀬がこんなにきれいだとは思ってもなかった。この頃には防水のコンパクトカメラが手ごろな値段で買えたことも有り、さっそくネットでこのカメラと度付きの水中メガネ、シュノーケル、足ひれを買い直して休みには風景撮影はほどほどに海岸へと向かう日が続いた。深い所では明るさと波の揺れにより思ったような撮影はできずに結局浅い所での撮影に専念することになる。

 しかし、一人での海での撮影は危険で引き潮に巻き込まれ命がけで岸にたどり着いたことや引け後の珊瑚の上でつまづいて膝が血まみれになったりと散々だったので誰かと行こうと誘うのだがどうにもタイミングが合わずそのまま止めてしまった。

 この時に撮った画像が

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上の画像をクリックすると今回掲載した画像を使用したフォトムービーがご覧いただけます。大きめのモニタで全画面で見ていただければよりお楽しみいただけると思います。

https://www.youtube.com/channel/UCNHsBaKt2guKiDqtHFfCokQ

上記のURLクリックで 南の島から のYouTubeチャンネルに行きます。南国の風景・動植物・行事等の動画をたくさん用意しており、お気に入りのものが見つかるかもしれませんので、ぜひともお越し下さい。

徳之島回顧録 その66(離島割引)

 鹿児島の離島に住んでいれば離島カードというものを役場でもらうことが出来て、このカードにより鹿児島県内のJAL航空券とフェリーの運賃の割引が受けられるのだ。2009年から徳之島で生活を始めたのだが母が奄美大島にいたため初めのうちは飛行機で奄美大島に行っていたのだがこの頃は割引が2~3割引くらいだったのかな高いと感じていたので3連休が取れる時にフェリーで奄美大島に行っていた。3連休ともなれば2人だけでやっていた職場なので年に3回程度しか取れないという状況だった。それがそれから数年後に離島割引の割引率がJALで5割以上になり、飛行機を利用して2連休で奄美大島の往復が出来るようになったため年に6回以上は奄美大島にいけるようになった。

 こうして考えてみると徳之島の観光が奄美大島と比較してかなり不利なことがわかってしまう。奄美大島にはLCC(格安航空)としてスカイマークとピーチ航空があり入っており予約さへうまくやれば、かなり安くで東京、大阪、福岡、鹿児島等から来ることが出来る。しかし、そこから徳之島に行こうと思うと往復で24,000円以上かかる。フェリーでは往復6,000円程度だが奄美発5:50徳之島着が9:10、帰路が徳之島発17:00奄美着20:30となる。つまり金銭的余裕があり時間的な余裕がないと徳之島へ旅行しようとはなかなかならないのだ。そんなわけで徳之島にはよっぽど縁がなければ旅先として選ぶ人はいないようである。

さて、今回も徳之島で撮った画像を公開します。

またまた、金見のトンバラ岩

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上の画像をクリックすると今回掲載した画像を使用したフォトムービーがご覧いただけます。大きめのモニタで全画面で見ていただければよりお楽しみいただけると思います。

https://www.youtube.com/channel/UCNHsBaKt2guKiDqtHFfCokQ

上記のURLクリックで 南の島から のYouTubeチャンネルに行きます。南国の風景・動植物・行事等の動画をたくさん用意しており、お気に入りのものが見つかるかもしれませんので、ぜひともお越し下さい。